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2020_0621_134452 かにかくにの碑

写真: 2020_0621_134452 かにかくにの碑

写真: 2020_0621_134612 辰巳大明神 写真: 2020_0621_134129 料理旅館白梅

吉井勇はあんまり思い出さなくて、どうしても豚の角煮が思い浮かびます。
でも対岸はステーキ屋さん 
神戸牛が出てくるそう。豚テキやないよ。ランチコース¥3500 A5ランクになると¥5800やって。

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コメント (10)

  • kame

    「かにかくに」ってあまり使いませんよね・・私は蟹を詠んだのかと思いました〜

    2020年6月27日 08:50 kame (12)

  • honda-Z(気まぐれ)

    有名な碑なの?

    2020年6月27日 13:54 honda-Z(気まぐれ) (7)

  • キューチャン

    SuzumeExpさん
    ☆ありがとうございます。

    2020年6月27日 17:01 キューチャン (36)

  • キューチャン

    中古のふさん
    ☆ありがとうございます。

    2020年6月27日 17:02 キューチャン (36)

  • キューチャン

    kameさん
    ☆ありがとうございます。
    かにかくに=何かにつけて
    という意味あいらしいですが、そんなん言いませんよね。
    万葉集に出てくる万葉ことばらしいですから・・・・
    蟹とか角煮とか言ってるようではまだまだです。。。。

    2020年6月27日 17:13 キューチャン (36)

  • キューチャン

    cibaさん
    ☆ありがとうございます。

    2020年6月27日 17:13 キューチャン (36)

  • キューチャン

    honda-Zさん
    ☆とコメントありがとうございます。
    私は文学にはとんと疎いのですが、祇園の一角のこの辺りにも戦前はたくさんお茶屋さんがあったそうです。
    そのひとつが「大友(だいとも)」という文人・画人が集うお茶屋さんでした。大友は磯田多佳さんという方が営むお茶屋で、彼女は大友に多佳さんあり、と呼ばれるほどの小説好きで俳句や書画の心得もあり、はたまた三味線の名人でもあったそうです。ですが戦争末期には空爆による延焼に備えてこの白川沿いのお茶屋さんはことごとく撤去されてしまったのだそうです。
    平和が戻って世の中の混乱も落ち着いた昭和30年なり、大友の常連であった吉井勇の古稀を祝うという形で嘗て大友に集った仲間たちが嘗てを偲んで大友のあった付近に建立したのがこの碑になります。その仲間というのも大佛次郎、志賀直哉、杉浦治郎右衛門、谷崎潤一郎、湯川秀樹といった当時の蒼々たる文化人が名を連ねています。
    碑に刻まれたのが、吉井勇が祇園への思いを詠った「かにかくに 祇園はこひし寝るときも 枕のしたを水のながるる」というもので、かにかくにの碑と呼ばれる所以になっています。

    ということで、1000年の都、京都に在っては比較的新しい碑、とも言えますね。

    2020年6月27日 18:34 キューチャン (36)

  • キューチャン

    桜日和さん
    ☆ありがとうございます。

    2020年6月27日 18:45 キューチャン (36)

  • みなみたっち

    この歌が好きで、ここに初めて来たときはうれしかったです。(#^.^#)

    2020年6月28日 10:06 みなみたっち (77)

  • キューチャン

    みなみたっちさん
    ☆とコメントありがとうございます。
    こちら白川に沿った遊歩道は新橋通もそうですが、京阪が地下になって広い川端通ができて四条駅からダイレクトに入れるようになるまでは奥まった場所で全然知られてなかったと思います。(私もそうです。)1980年代の古い航空写真を見ても路地みたいな縄手通と花見小路通の間に挟まれて観光客がわざわざ入っては行きにくい場所でした。
    川端通ができるまでは市バスは四条京阪前と三条京阪前の間は狭い花見小路通を通っていたのでしょっちゅうバスで傍を通過していた筈なんですかこの奥にこんな風情のある場所があるとは気づきませんでした。

    2020年6月29日 00:28 キューチャン (36)

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